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人工知能は人の精神にどれくらい近づいている?

イーロン・マスク氏が新たなスタートアップ企業、ニューラリンク社を立ち上げたように、「ブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)」はテクノロジー業界でホットな話題。何が科学で、何が現在まだフィクションなのか?ワシントン大学の研究者たちの寄稿をご紹介します。

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古代ギリシャ人が空高く飛ぶことを夢見たように、現代人は人を死に追いやる厄介な病気の治療のために、精神とマシンを融合することを夢見ています。ブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)技術によって人の精神を人工知能やロボット、他者の精神と直接つなげることで、人間の限界を打ち破ることはできるのでしょうか。

過去50年以上、世界中の大学や企業に在籍する研究者たちは、こうしたビジョンの達成に向けて目覚ましい進歩をもたらしてきました。最近では、イーロン・マスク氏(ニューラリンク社)やブライアン・ジョンソン氏(カーネル社)といった著名な起業家が新たなスタートアップ企業の設立を発表し、BCIによって人の能力を増強することを模索しています。

人の脳とテクノロジーの適切な接続は実際どこまで近づいているのでしょう?また、私たちの精神がコンピューターにプラグインされると、どんな影響が出てくるのでしょうか。

ラジェシュ・P.N.ラオ氏|ワシントン大学@シアトル
感覚運動神経工学のための全米科学財団(NSF)センター 所長
コンピューターサイエンスおよびコンピューター工学部教授、電気工学(EE)
およびバイオエンジニアリング学部非常勤教授、神経科学専攻博士課程教授を務める

James Wu氏|ワシントン大学 博士課程在学
バイオエンジニアリングを専攻、感覚運動神経工学センターの研究員

発端:リハビリと機能回復
感覚運動神経工学センター(CSNE)の科学者、Eb Fetz氏はマシンと人の精神の接続を最も早期に試みた先駆者のひとり。同氏はパソコンさえ誕生していない1969年に、サルが脳信号を増幅させて、測定器の目盛盤上を動く針をコントロールできることを示しました。

BCIに関する最近の研究の多くは、麻痺症状や重度の運動障害がある人の生活の質を向上させることを目的としています。最近の成果のいくつかは、ニュースでご覧になったことがあるかもしれません。ピッツバーグ大学の研究者たちは脳内に記録された信号を利用して、ロボットアームをコントロールすることに成功しました。また、スタンフォード大学の研究者たちは、麻痺症状がある人の脳信号から動作の意図を読み取り、無線でタブレットを使えるようにしました。

同様に、脳内や脳表面に電流を流すことで、限定的ではあれ幾らかの仮想感覚を脳に送り返すことも可能になっています。

では、主要な感覚である視覚と聴覚についてはどうでしょう?重度の視覚障害のある人のために作られた人工眼は、かなり初期のタイプはすでに製品化されており、その改良版も、いま人による臨床試験が進められているところです。一方で、人工内耳は最も成功し、普及が拡大している生体インプラントのひとつで、世界中の30万人を超える利用者がこのインプラントで音を聞いています。

双方向性ブレイン・コンピューター・インターフェース(BBCI)は
脳信号を記録することも、刺激によって脳に情報を送り返すことも可能
感覚運動神経工学センター(CSNE) CC BY-ND

ブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)の中で最も高度なのが「双方向性」BCI(BBCI)で、神経系からの信号を記録することも、神経系に刺激を与えることもできる、というもの。ワシントン大学では、脳卒中や脊髄損傷の患者さんのためのまったく新しいリハビリツールとしてBBCIを研究しています。私たちはBBCIを使用して、2つの脳領域のつながり、あるいは脳と脊髄のつながりを強化したり、疾患領域周辺を通らないルートで情報を送ることによって、手足の機能回復が図れることを明らかにしました。

こうしたこれまでの成功例から、BCIが消費者にとって必須の次世代ツールになりつつあると思われるかもしれません。

まだ初期段階にあるBCI
とはいえ、現在行われているいくつかのブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)のデモをじっくり観察すると、まだまだやるべきことがあると分かります。BCIが生成する動作は、ふだん健常者が手足を使って簡単に行う場合と比べると、その速度は非常に遅く、正確性や複雑性も劣ります。人工眼の視力は解像度も非常に低く、人工内耳は限られた語音情報を電子的に伝達することはできるものの、音楽を聴く場合には歪みを生じさせます。しかも、こうしたテクノロジーをすべて機能させるためには、手術によって電極を埋め込むことが必要になりますが、その結果どうなるかという見通しについては、今のところほとんどの人が考慮できていません。

脳表面の電位変化を検知するために使われる皮質脳波記録用グリッドに
電気特性のテストを行っている様子
感覚運動神経工学センター(CSNE) CC BY-ND

とはいえ、すべてのBCIが侵襲的というわけではありません。もちろん、手術を必要としない非侵襲的なBCIもあります。こうしたBCIは一般的に、頭皮上から電位を記録する脳波記録(EEG)に基づいていて、カーソル、車椅子、ロボットアーム、ドローン、人型ロボットを制御するデモや、なんと脳から脳への意思疎通をコントロールするデモに用いられています。

しかし、これらのデモは研究室で行われたものばかり。部屋は静かで、被験者は気持ちを集中させていて、技術的工程は時間をかけて整然と進められ、実験はそのコンセプトが可能であると判明するまで十分に続けることができます。こうしたシステムを実用化できるほど迅速かつ強固なものにするのは、非常に困難です。

たとえ電極を埋め込んだとしても、脳の構造上、精神を読み取る試みには別の問題が生じます。各神経細胞は、隣接する何千もの神経細胞とつながり合い、想像を絶するほど巨大で絶えず変化するネットワークを形成していることは知られていますが、神経工学者にとってこれは何を意味するのでしょう?

たとえば、大勢の友達が複雑なテーマについて会話しているときに、あなたはその内容を理解しようとしているのですが、ひとりの意見にしか耳を傾けられない場合を想像してみてください。かなり大ざっぱになら全体の会話のテーマを把握することができるかもしれませんが、会話全体の詳細やニュアンスをすべて知ることは当然できません。つまり、たとえ最高のインプラントを使っても、1度に聴き取れるのは脳に付けた数個の小さなパッチから送られる信号だけ。時には素晴らしい成果を導くこともありますが、すべての内容を理解するにはほど遠い状態なのです。

さらに、言葉の壁と考えられる問題もあります。神経細胞は電気信号と化学反応の複雑な相互作用によって、互いに意思疎通しています。母語にあたる電気化学的言語が電気回路を通って解釈されるわけですが、これは簡単なことではありません。同様に、電気刺激を利用して脳に話しかける場合には、電気による「アクセント(なまり)」が強く出てしまうため、刺激で伝えようとしている内容を、他のあらゆる神経活動の最中に神経細胞が理解することは困難になってしまいます。

最後に、損傷の問題があります。脳組織は柔らかくしなやかですが、大半の導電性材料、つまり脳組織をつなぐワイヤーは非常に硬いものが多いので、埋め込まれた電子装置が瘢痕化や免疫反応を発生させることもよく起こり、時の経過につれてインプラントの効果は薄れてしまいます。この点については、柔軟性と生体親和性を兼ね備えた繊維と電極アレイが最終的に役立つようになるかもしれません。

共適応と共生
このようにさまざまな課題はあるものの、私たちは生体工学の未来を楽観視しています。BCIは完璧でなければいけないものではありません。脳には驚くほどの適応性があり、BCIの使い方を学習することができます。これは自動車の運転やタッチスクリーン・インターフェースの使用など、新たなスキルを身につける場合に似ています。同様に、脳は新たな種類の感覚情報を解釈することも学習できるため、例えば磁気パルスのように非侵襲的に伝達された情報を利用する場合でも対応することができます。

結局のところ、私たちは学習プロセスにおいて電子装置が絶えず脳とともに学習し、脳に情報を送り返す「共適応型の」双方向性BCIが、神経の架け橋を構築するうえで不可欠な手段であると確信しています。このような共適応型の双方向性BCIを構築することが当センターの目標です。

私たちはまた、最近成功が報じられた「電気薬学」を用いた糖尿病などの病気の標的治療についても大変注目しています。これは実験用の小型インプラントを利用して、内臓器官に直接指令を伝達することによって薬を使わずして病気を治療する方法です。

さらに、電気と生化学の間の言葉の壁を克服する新たな方法も研究者によって考案されています。例えば埋め込み型の「ニューラル・レース」は、神経細胞が埋め込まれた電極を拒絶するのではなく、電極と共存しながら徐々に成長できるようにする有望な方法となるかもしれません。柔軟性のあるナノワイヤーを用いたプローブ、柔軟性のある神経細胞の足場(培養基材)、ガラス状炭素を用いたインターフェースによって、将来的には生物学的コンピューターと、デジタルなコンピューターが私たちの体内で仲良く共存するようになるかもしれません。

脳の支援から、能力の増強まで
イーロン・マスク氏の新たなスタートアップ企業、ニューラリンク社は、人と人工知能(AI)の間で繰り広げられている激しい競争において、BCIによって脳を支援し、人の能力を増強するという最終目標を定めています。同氏はテクノロジーを結合する能力を活用して、人の脳が自ら能力を増強できるようにすることを目指しており、これが実現すれば、AIの能力が人の持って生まれた能力をはるかに上回ってしまうような悲惨な未来を招く可能性を回避できるかもしれません。このようなビジョンは、まだずっと先の話だとか、架空のことだと思えるかもしれませんが、違和感だけでアイデアを切り捨てるべきではありません。なにしろ、15年前はSFの世界に分類されていた自動運転車も、今では実際に道路を走っているのですから。

多角的に変化するBCI
末梢神経系(神経)と連動することもあれば中枢神経系(脳)と連動することもあり、
侵襲的なものもあれば非侵襲的なものも。
失われた機能の回復を支援することもあれば、能力を増強することもある
James Wu氏、出典:Sakurambo CC BY-SA

近い将来、BCIが障害のある人の機能回復にとどまらず健常者の能力を増強し、本来の人の能力を超えることまで実現できるようになったら、同意やプライバシー、アイデンティティー、エージェンシー、不平等感に関する多くの課題をしっかりと認識することが必要になるでしょう。当センターでは哲学者、臨床医、エンジニアで構成されたチームが積極的な取り組みを進めており、こうした倫理的・道徳的課題や社会正義の問題に対処したり、この研究分野が行き過ぎた進歩を遂げないように脳神経倫理学のガイドラインを提供しています。

脳をテクノロジーと直接結合することは、結局のところ、二足歩行の限界を克服するために車輪を活用することから、記憶を増強するために粘土板や紙に記録を残すことまで、長年にわたりテクノロジーを活用して自ら増強に取り組んできた人類の自然な成り行きなのかもしれません。現在のコンピューターやスマートフォン、VR(仮想現実)ヘッドセットと同じように、増強型BCIが消費者市場についに登場することになれば、楽しみや苛立ち、リスクとともに、大きな可能性ももたらしてくれるはずです。

※この記事はThe Conversationに掲載されたものをベースにしています
※最上部の画像:Getty Images
※本記事に掲載した見解は著者個人によるものです