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デロイト トーマツ コンサルティング 藤井氏に聞く この時代の新しい戦い方「CSV経営と社会課題解決型イノベーション」

2008年の世界金融危機以後、世界では資本主義の在り方そのものが根本から見直されている。企業の間では「利益」や「株主価値」だけを求めていてはいけないという理解が広がった。そうした流れのなかでハーバード大学のマイケル・E・ポーター教授が提唱するCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)という考え方はまず欧米で広く認知されたが、このところ日本でも経営に取り込む企業が増えてきているという。CSVという戦略コンセプトは、日本でも企業の成長に繋がるのか。このほど「CSV時代のイノベーション戦略」を出版したデロイト トーマツ コンサルティング株式会社パートナーの藤井剛氏に聞いた。

藤井剛氏 プロフィール:
デロイト トーマツ コンサルティング株式会社 執行役員 パートナー
15年以上にわたり、電気、自動車、航空、消費財、ヘルスケアなど幅広い業種に対する成長戦略策定、新事業創出、組織・オペレーション改革、CFOアジェンダ等のコンサルティングに従事。食糧問題や水、ヘルスケア等の社会課題を起点にした海外市場での新事業創造プロジェクトや、地方自治体を核とした地域産業・雇用創造プロジェクトを多く手掛けるほか、企業国家イスラエルと日本企業を繋ぐ活動にも取り組んでいる。

――CSVが注目を集める背景には、どのようなことがあるのでしょうか?

藤井氏:長い資本主義の歴史の中で、社会における企業のあり方が大きく変わりつつあることが挙げられますね。リーマンショックは、企業は利益追求と同時に「社会的価値」を生み出す存在でなければならない、と教えてくれました。他方で昨今は、成熟経済と財政難に苦しむ先進国においても急激な成長に社会基盤が追いつかない新興国においても、政府の社会課題解決能力が低下しており、その一部を企業が担うことが期待されているという社会側の事情もあります。また、製品ライフサイクルが短命化し、高品質・高機能製品を投入しても投資回収前に競合に追いつかれてしまうため、新しい戦い方への移行を急ぐ企業側の状況もあります。

――企業の存続のためには、社会的価値の創出がいっそう大切になったと。社会的価値というと、既にこれまでCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)に取り組んできた企業も多いわけですが、CSRとCSVの違いは何なのでしょうか。

藤井氏:CSRとCSVは似ているように思いがちですが、大きく異なる点があります。CSVは社会的価値を提供することによって利益を上げるという点です。そして、それによって勝つ=競争優位をつくりあげる。このふたつが、まったく異なる点です。

藤井剛 著「CSV時代のイノベーション戦略」 P.31より

藤井氏:変化が激しい今日のグローバル市場を戦うためには、これまでの品質や価格といった価値に加え、新たな基軸が必要です。まず、社会課題の解決=「大義」を掲げてその支持者を増やしていくという新しいやり方。次に、社会課題の裏にある無秩序を整理しルールを形成して市場のあり方を決めていくこと。そしてそれを組織知として社内に蓄積し、再利用可能にすること。CSVの考え方に沿って新事業やイノベーションを生み、持続的な競争優位を得るためには、この3つの新基軸が必要だと考えています。

藤井剛 著「CSV時代のイノベーション戦略」 P.4より

――CSVとイノベーションは、具体的にどのように結びつくのでしょうか?

藤井氏:そもそもCSV自体がイノベーションを内包しているものだとも言えます。イノベーションを事業面から見ると、既存事業の構造改革と新規事業創造のふたつがあります。中でも新規事業という点でいえば、社会課題の解決がイノベーションの源泉あるいは目的になり得ます。なぜなら、課題が深刻かつ広範囲であればあるほど、それが解決できるのなら大きな新市場に発展しうるからです。もう一点、変化と競争が激しい今日において、他者との協業、すなわちオープン・イノベーションはますます重要になります。しかし、日本企業は自前主義が邪魔をして、なかなかこれを進めることができない。CSVによって誰もが強く支持する大義を掲げることができれば、それが新たなパートナーを引きつける、オープン・イノベーションの推進力となるのではないでしょうか。こうした意味でも、CSVはイノベーションを引き起こす流れの源流になりうると思います。

――CSVの成功事例としては、どんなケースがあげられますか?

藤井氏:ネスレ、グーグル、ウォルマートなど様々な好例があります。これは決してお世辞ではありませんが、CSVという言葉が普及するよりも以前、2005年にGEが開始した環境分野の戦略イニシアチブ「ecomagination(エコマジネーション)」は、CSVをもっともよく体現した例だと思います。GE自身はCSVという言葉を使っていませんが、環境ビジネスがまだ世の中で立ち上がっていなかった時代に「Green is green(環境はビジネスチャンス:green=環境、もうひとつのgreenはドル紙幣の色)」をスローガンにecomaginationを立ち上げ、環境マーケットを創り上げなければ世界の環境課題解決は進まない、と唱えた。そして、環境ビジネスを世界の成長産業にするまでに作り上げてきました。ルールづくりや技術的ポートフォリオの整備はもちろん、この分野の売上目標や研究開発投資額も社会に明示しました。地球環境の保護という大義を掲げ、世の中も変えてきたし、自分たちの会社の中も変えてきたという点からも、模範にすべきモデルだと思います。

――日本企業は、CSVにどのように取り組んでいますか?

藤井氏:日本企業にとってのCSVについて言えば、私は「原点回帰と革新の両立」というようなイメージを持っています。「社会課題を解決しながら、ビジネスを創る」ということは、戦後の日本企業が一貫してやってきたことなんですね。いわば原点です。実際に経営者の方とお話をすると、「昔から、うちはCSVをやっていますよ」というお声も多い。しかしその結果、グローバル市場で勝っているかというと、そうではない。革新の部分を回すエンジンが弱いので、CSVに取り組んでいるとはいいながら、CSV本来の目的である競争優位の確立につながっていないというのが現実ではないでしょうか。

「破壊的なイノベーションに従来以上に取り組んでいる」とした回答者の国別の比較
まったく新しいイノベーションに意欲を示す他国に、日本は大きく差をつけられた
出典:GEイノベーションバロメーター2013

――世界のトレンドをリードしてきたにも関わらず、近年の日本はイノベーション創出に難航しています。藤井さんは、イノベーション創出において「日本企業がぶち当たりやすい壁」を5つ挙げていらっしゃいますね(下図参照)。このなかでも最も注視すべきものは。

日本企業がぶち当たりやすい「壁」とCSV×イノベーションプロセス
藤井剛 著「CSV時代のイノベーション戦略」 P.111より

藤井氏:どれをとっても事態は深刻ですが、ここで挙げたポイントのうち1~4と最後の5ではフェーズが異なります。1~4は、イノベーションを生み出すケイパビリティ(能力)に関わるもので、5は、それを生かす組織や仕組みの問題です。ケイパビリティがいかに高まっても、それを持続可能なかたちで、組織として活用できなければ企業全体のイノベーション力は向上しない。組織知にしていくという視点を持たないと、CSVは成果となって現れません。また、経営環境が変わったり、トップが交代したら頓挫するということでは、CSVに取り組む責任ある企業とは言えません。そういう意味では、5が解決されないとCSVすなわち社会との「共通価値の創造」は難しいということになります。

――しかしながら藤井さんは「日本企業こそ、CSVを進化させていける存在だ」と唱えておられます。具体的にはどういうことなのでしょう?

藤井氏:原点として、もともと社会のことを考えて事業をつくる特性を備えています。海外から見た場合、意思決定が遅いという残念な定評はあるものの、パートナーとしての日本企業の信頼性は非常に高いわけです。成長のドライバーとなる高い技術力も大きな強みです。そして、世界的に見ても課題先進国であるということ。日本国内の課題解決は、世界の課題解決につながります。こうしたことから、日本企業はCSVの考え方を活用することで、新たなイノベーションを起こしていける可能性が十分にあるはずだと考えています。

インタビュー後記:

バブル崩壊以降、日本企業は収益改善に集中するあまり思い切った挑戦を避ける傾向が強くなったことは否めない。しかし藤井氏は、日本には社会的価値を創るための資質、それを実現するための技術力、そして社会ニーズが揃っている、と強調する。社会課題解決型イノベーションは日本人の気質にも合っているうえ、まさに今それが求められている絶好の機会。CSVの理論とその成功のメカニズムの活用は、持続的に勝ち続けるシナリオを描きたい企業に、ひいては日本の将来に、兆しをもたらしてくれそうだ。

参考:「CSV時代のイノベーション戦略」(ファーストプレス社刊)デロイト トーマツ コンサルティング パートナー 藤井剛著