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NEC創始者 岩垂邦彦氏も働いたGEの研究所

GEはかつて、セントルイス・カージナルスのボブ・ギブソン投手を雇って、GE製の極薄プラスチックガラス「レキサン」の窓を貫通する速球を投げるよう依頼しました。レキサンは化学博士のダニエル・フォックスがGEの研究所で開発したもので、衝撃に強く、50球以上におよぶギブソンの投球が貫通することは遂にありませんでした。

GEのエンジニアのアイヴァー・ジェーバーは、原子スケールで類似の実験を試み、成功しました。野球のボールの代わりに電子を使用して、超伝導体内を電子が透過する現象を解明し、物質の「量子トンネル」効果を実証したのです。この画期的な発見により、1973年にはノーベル物理学賞を共同受賞。彼の成果は、10年後にGEが磁気共鳴断層撮影装置(MRI)を開発するうえでも活用されました。

フォックスもジェーバーも、研究所の母体であるニューヨーク州スケネクタディ近郊のGEグローバル・リサーチの本部で研究を行っていました。この研究所は現在、ニューヨーク州を皮切りにドイツ、インド、中国の研究所に在籍する3,000人の科学者たちのグローバルな研究開発ネットワークの拠点の1つとなっています。そしてGEは今年11月12日、新たな拠点としてブラジルを追加しました。リオデジャネイロに開設されたブラジル・テクノロジーセンターは、GEのラテンアメリカにおける初めての研究開発(R&D)施設です。

1921年にニュージャージー州ブランズウィックにあるRCA社の無線局で、アルバート・アインシュタイン氏の
隣に立つチャールズ・スタインメッツ(中央で明るい色のスーツを身につけている)。
GEは最初の研究所を、スケネクタディにあったスタインメッツ家の納屋に開設しました。
写真:フランクリン・タウンシップ公共図書館資料室提供

上の写真はGEが5億ドルを投じて建設した真新しい研究施設。GEのエンジニアであったチャールズ・スタインメッツの裏庭の納屋で誕生した研究(R&D)所から、1世紀以上の歳月を経て大きな進歩を遂げました。エジソンと並んでGEの創設者の一人であるエリフ・トムソンは、かつて次のように述べました。「ゼネラル・エレクトリック・カンパニーのような大規模な企業は、新分野への投資と開発を継続しなくてはならない。実際、新たな原理を用いて事業化するため、さらにはそうした原理を発見するためにも、研究所が必要なのだ」

GEの研究所は、1900年に納屋の中で誕生しました(上の写真)。当時の従業員はたったの3名。しかしその後、不幸にも火災に遭い(下の写真)、スタインメッツとトムソンはより広く安全性の高い土地をスケネクタディで確保しました。

写真:スケネクタディ博物館提供

新しい研究所はそこを訪れた多くの著名人を瞬く間に魅了しました。その中には、無線電信のパイオニアであるグリエルモ・マルコーニ氏や、量子物理学者のニールス・ボーア氏、犬の条件付けで知られるイワン・ペトローヴィチ(I.P.)・パブロフ氏も含まれていました。スタインメッツは研究所の初代ディレクターにマサチューセッツ工科大学(MIT)の化学者、ウィリス・ホイットニー教授を迎えました。訪問客は皆、彼のデスクに立ち寄っては、賓客用のサインブックに記帳していきました。

天文台で望遠鏡をのぞくエリフ・トムソン。
写真:GE グローバル・リサーチ

GEの研究所の訪問客の中には、ロード・ケルビン氏(中央で明るい色のスーツを身につけている)と
その妻の姿も。ケルビン絶対温度目盛は、彼にちなんで名付けられたもの。
写真:スケネクタディ博物館提供

この研究所はまた、科学者だけでなくフランクリン・ルーズベルト大統領、ケネディ大統領、ニクソン大統領のほか、アメリア・イアハート氏やハリー・フーディーニ氏といった著名人をも引きつけました。彼らはスケネクタディにあるGEのラジオ局、WGY局から地域住民に語りかけました。1,500ワットの送信機を利用したこのラジオ放送は1922年に始まりました。WGY局は定例番組を持つ米国初のラジオ局の1つでした。

GEを訪れたアメリア・イアハート氏。
写真:スケネクタディ博物館提供

同じくハリー・フーディーニ氏(脱獄や脱出のマジックで一世を風靡)
写真:スケネクタディ博物館提供

チャールズ・リンドバーグ氏(単発プロペラ機での大西洋単独無着陸飛行に成功)
写真:スケネクタディ博物館提供

1932年の大統領選挙戦でスケネクタディを訪れたフランクリン・デラノ・ルーズベルト(F.D.R.)氏。
写真:スケネクタディ博物館提供

ホイットニーの賓客用サインブック
写真:GE グローバル・リサーチ

エジソン(中段左)とマルコーニ氏(最上段左)のサイン
写真:GE グローバル・リサーチ(下に続くサインブックも同じ)

岩垂邦彦氏のサイン(左列上から4段目)

岩垂邦彦氏はエジソンのもとで働いたことがキャリアの出発点となりました。氏は帰国後、日本電気株式会社を設立します。これが現在NECとして知られている企業です。ドイツ出身の化学者、フリッツ・ハーバー氏は大気中の窒素を固定してアンモニアを生成し、肥料を合成する手法を発明しました。彼の発見により、世界中に肥料が普及しました。ニールス・ボーア氏(上から6段目)は1922年のノーベル物理学賞受賞者です。フランク・C・ホイト氏はエルヴィン・シュレーディンガー氏と量子論で密接に協働しました。

ロシアからスケネクタディまで足を運んだパブロフ氏は、1904年のノーベル生理学賞受賞者。犬を使った有名な実験から条件反射の考えを導いたことで最もよく知られていますが、他の研究でも医学や生理学の分野で成果を残しています。